千葉市・空手道武現塾が発信する、続けている人、辞めていった人


空手道武現塾の石塚克宏です。

今日は「続けている人」と「辞めていった人」について熱く語ってみたいと思います。
これは空手だけの話ではありません。勉強、仕事、趣味、人生そのものに通じるテーマです。だからこそ、この場を借りて、道場生や保護者の皆さんにぜひ伝えたいのです。


続けている人はなぜ輝くのか?

長く空手を続けている人には、特別な“輝き”があります。

「昔、空手をやっていた」という人は世の中にたくさんいます。けれども、今も道場に立ち続けている人の顔つきや雰囲気は、どこか違う。

もちろん、辞めたからといって無価値になるわけではありません。一度でも真剣に稽古に打ち込んだ経験は一生の財産です。礼儀や忍耐力、集中力、仲間との絆はその人の中に刻み込まれています。

ですが、続けている人にはさらに“磨かれた光”が宿っています。
それは「昨日より今日、今日より明日、少しでも前に進もう」とする姿勢です。

道場に通い続ける人は、苦しくても、忙しくても、足を運んで汗を流しています。だからこそ心も体も成長を止めない。その積み重ねが、“続けている人”の強さを形づくるのです。


指導者になれば分かる“現役の気持ち”

選手から指導者になった人にも、この違いははっきりと表れます。

指導者は「伸ばしてやりたい」「強くさせたい」という思いを抱きます。けれども、いくら頭で理解しても、現役選手の“その瞬間の気持ち”を完全に分かることはできません。

例えるなら、受験勉強です。
大人になっても「受験は大変だったな」と思い出すことはできます。しかし、試験直前の張りつめた緊張感、息苦しいような切迫感は、受験生本人しか味わえません。

同じように、選手を退いた瞬間、その「現役の心境」には手が届かなくなるのです。

だから私は思います。
挑戦の場に立ち続けることこそが、自分を磨き続ける唯一の方法だと。


私自身の挑戦

私がパワーリフティングの試合に出場するのも、そのためです。

「空手の選手の気持ちを忘れたくない」
「挑戦する者の心を、同じ土俵で感じていたい」

そう思うからこそ、私は今も自分を試す舞台に立ち続けています。

人生は一生戦いです。
それは他人との戦いではなく、自分自身との戦い。弱さに負けず、自分を律し、自分を伸ばしていく。その姿勢を忘れた瞬間、人は止まってしまいます。


続ける人と辞める人、その差は?

私は、週に一度でも道場に来て自分と向き合っている人と、辞めてしまって何もしていない人とでは、精神面で大きな差が生まれると思っています。

ただし、誤解しないでほしいのは「辞めたから駄目だ」という話ではありません。

空手を辞めて、別の分野で努力している人もいます。勉強や仕事、芸術や家庭に本気で打ち込んでいる人もいる。健康のために新しい運動を始めた人もいるでしょう。

それらはどれも素晴らしいことです。
ですが「空手を続けていること」と「別のことに努力していること」は同じではありません。

空手の稽古を通して得られる心の鍛え方には、独特の厳しさと美しさがあるのです。


保護者の支えの力

ここで一つ、印象的なエピソードを紹介します。

ある子供は、最初は楽しそうに通っていました。ですが、しばらくすると「今日は行きたくない」「やめたい」と言うようになったのです。

その時、保護者の方はこういう態度を取りました。
「断じて辞めることは許さない」
口には出さなくても、背中でそう言い聞かせていたのです。

子供にとっては嫌々の時期もありました。道場に来ても集中できず、ふてくされることもあった。ですが、親がブレずに支え続けたことで、その子はやめずに続けることができました。

数年後、その子は立派に成長しました。
試合にも出場し、自信を持って仲間を引っ張る存在になったのです。

これは保護者の支えがなければ絶対に実現しなかったでしょう。
子供の「続ける力」を引き出すのは、周りの大人の覚悟でもあるのです。


空手を続ける人の雰囲気

空手を続けている人には、不思議な共通点があります。

礼に始まり礼に終わる稽古。苦しい基本稽古。仲間と声を張り上げる組手。
その積み重ねからにじみ出る集中力や忍耐力、仲間との連帯感。

それは言葉で説明しなくても伝わります。
同じ空気をまとっているからこそ、続けている人同士はすぐに打ち解け、互いを認め合えるのです。

私はよく「同じ匂いがする」と表現します。
それは、共に稽古を続けてきた人だけが持つ、独特の雰囲気なのです。


続けることの価値

続けることは簡単ではありません。

仕事が忙しい。家庭の事情。体調の波。辞める理由はいくらでも出てきます。
それでも、道場に足を運び、自分と向き合い続ける人がいる。

私はその姿を尊いと思います。

空手を続けている人は、ただ「強くなりたい」だけではありません。心を磨き、自分をより良くしようとしている。その積み重ねが、その人の雰囲気となり、人生の厚みとなって表れてくるのです。


終わりに

「続けている人」と「辞めていった人」。
どちらが良い悪いの話ではありません。

けれども、私は断言します。
続けている人には、辞めた人にはない“独特の輝き”がある。

その輝きは必ず、その人の人生を照らします。
そして、その背中を見て育つ子供たちの心にも、確かに火を灯すのです。

だからこそ私は、声を大にして言いたい。
「続けろ!簡単に投げ出すな!君が歩み続けるその一歩一歩が、未来の自分を必ず変えていく!」